「ええ、そうなんです。今年はイギリスさんも何だか準備をしているみたいで」
「へぇ・・・そうなんだ。きっと、喜ぶね」
「・・・はい、きっと」
アメリカとロシアはかれこれ数十年になる付き合いだ。単なる顔見知り、を含めれば数百年になる。
なんの因果かあれほど背を向け合っていた彼らが晴れて恋人同士になったと知った時には、国々はそろって顔を青ざめさせた。10年20年と月日を重ね、十分に耐性を付けた今では日本に勝るとも劣らないスルースキルを身に着けている。
アルコールが入りほんのり頬を染めたアメリカが、小さな星が散らばる夜空を見上げ、うーと呻り声をあげた。アメリカの口から出た声はほんの一瞬で、広いバルコニーはたちまちひっそりと静まりかえる。手すりに肘を預けた上に耳を乗せて、手に持った携帯電話を恨めしそうに真正面から睨みつけた。顰めた眉根が線を作り、血の巡りがよくなった額がじんわりと熱を持つ。
素晴らしい一日だった。国民や兄弟、それに気心知れた仲間と共に祝い、笑って、食べて、飲んで、また笑った。笑いっぱなしだった口の端から目じりあたりの筋肉が、重たく感じるほど。決して苦痛ではなく、その疲れさえ愛しく思えた。
あと、一つそろえば何ら文句の付けどころがないパーフェクトな誕生日なのに。
「今年も、お祝いの一言すらなしかい・・・」
沈黙を守る携帯電話。アメリカが待つ相手は、ロシアだ。去年も、一昨年も、ずっと前の誕生日も、示し合わせたように予定を作り、ロシアは一度も顔を見せに来ないのだ。アメリカの小さな意地が、ロシアに催促することを拒み、今日に至る。
「まさか・・・俺の誕生日が今日だって知らない・・・なんて・・・こと・・・」
最後まで口にする勇気は、例えヒーローであろうとも持ち合わせていなかった。口にしてしまえば、数十年にも渡る疑問が最悪な解答でもって終わりを迎えてしまいそうだったから。
携帯の画面に浮かぶ数字をジト目で睨めつけるアメリカの背後へ、闇夜に紛れて忍び足で接近する影が現れた。
「アーメリカっ」
「うわっ!」
大げさなほど飛び跳ねた心臓がバクバクと鳴り、涙目になる。原因は恐怖と胸の奥に刺さった寂寥。慌ててフランスから顔をそむけるが時すでに遅く、アルコールのせいにしてしまうには、些か水分の量が多かった。
「驚くじゃないか!」
ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながらフランスが、お化けだと思った?と軽く茶化しながら一枚の紙をアメリカへ差し出した。
「・・・え?プレゼントならもう・・・」
「そう。残念ながら、世界のお兄さんからの最高に美しいプレゼントはさっきの一つだけさ。でも、こっちの方が喜ぶと思うぞ」
「なんだいそれ」
「まあ、イギリスとカナダはお兄さんが回収していくから、アメリカは荷造りでも始めるんだな」
そう言って、紙を押し付けると、アメリカに背を向けてさっさと中に戻ってしまう。酔っぱらって熟睡中の二人を連れて帰ってくれるのは助かるけれど・・・。
「荷造り?」
渡された固い紙を夜空へ掲げる。優しく照らす月光が細かに印字されたアルファベットを浮かび上がらせた。
「・・・シベリアへの・・・招待券」
「あれ?アメリカ君どうしたの?」
出迎えた恋人の第一声はあんまりな内容だった。うきうきと手に握りしめたままの7月5日発シベリア行の航空券がくしゃりと歪む。ひくりと引き攣った頬を無視して、どうにか平静を保ちロシアを見上げた。
「招待ありがとう、ロシア」
「してないよ」
第二声もあんまりだった。
「しただろ!ほら!」
投げやりに白い紙を突きつける。それでも首を傾げるロシアを押し退けながら玄関をくぐり、ずかずかと上り込んだ。
後ろからパタパタと自分を追う足音を聞きながら、リビングに向かっていた身体をベッドルームへ方向転換する。
拗ねた子供の様に、跨いだばかりの扉の前の床にどかっと荷物を置いてベッドに潜り込み、そのままダンゴムシのように丸まった。
「アメリカ君?」
自分を呼ぶ声音がいつも以上に優しくて、思わず布団から首だけはみ出してしまう。
「これ、どうしたの?」
扉の前を陣取る荷物の上に無造作に置かれた航空券を手に取り、アメリカが潜り込んだベッドへ腰かける。
「・・・フランスが・・・ロシアからのプレゼントだって」
「・・・・・・ああ、うん。僕からのプレゼントだ」
「意味が分からないんだぞ」
恨めしそうにふり仰げば、僅かに戸惑うようなロシアがいた。
「・・・フランス君が、恋人の誕生日にはプレゼントを渡すもんだって言うから」
折れ曲がった航空券を太ももの上で撫で付けるロシア。アメリカの名前が印刷されたそこを、そっと指でなぞった。
「でも、僕は君の好みを知らないし、誕生日の日はここにいるでしょ?だから代わりにフランス君にお願いしたんだよ」
「いやいやいや。全然納得できないよ!だいたい、君、俺の誕生日を知っていたのかい?」
「知らないわけがないでしょう?」
「・・・・・・」
あまりにもあっさりと返る答えに、アメリカが腑に落ちない表情で亀のように首を引っ込める。
「じゃあなんで昨日・・・俺の誕生日を祝ってくれなかったんだい」
布団の中にだけ鈍く木霊する沈んだ声に、ロシアが少しだけ狼狽えた。
「だって・・・アメリカ君は毎年みんなにお祝いしてもらっているでしょう?」
「ロシアだって」
「国民じゃないよ、家族にだよ」
「家族?」
「カナダ君だよ、あとフランス君・・・それに今年はイギリス君も」
「ロシア・・・」
「家族がお誕生日を祝ってくれるなら、それ以上のプレゼントはいらないもの、ね?僕なら君と約束があったとしても、姉さんやリトアニアたちがお祝いしてくれるならアメリカ君を放ってそっちへ行くよ」
「・・・それはそれでどうなんだい」
頭が痛くなるような言い草に、思わず身体を起こしてしまう。ベッドに乗せた両手のひらに体重を預けて、つっかえ棒代わりにしていた無防備な格好のロシアの腕を軽く払って引き倒し、覆い被さった。
「俺と君は恋人だろう?恋人じゃ・・・家族の一員に入れてもらえないのかい?」
うん、と端的に返る。
「なんでだい」
「だって、家族はいつか壊れてしまうかもしれないもの。アメリカ君とは壊れたくないんだ」
無邪気な笑みが、アメリカの表情を強張らせる。ロシアの瞳を探るようにじっと見つめるが、陰りは少しも見当たらなかった。
「だからね。僕と君は一生、他人だよ」
20110705