12月29日、小さな小箱がアメリカの自宅ポストへ放り込まれた。送り主の名はなくて、せいぜいコーヒーがたっぷり注がれたマグカップくらいの重量。テキサスの力を借りて寝ぼけ眼に尋ねれば、ピンク色のラッピングが施されてると教えてくれた。上下に振ると、にちゃ、っと鈍く湿った音がする。生ものだろうか。アメリカ合衆国である己の身に不審物を近づけてはならないから・・・うーん、どうしよう。大統領に電話して指示を仰ごうか。せっかくの年末にやっと取れた休日を無駄にしないよう、見なかった事にしてこのまま捨ててしまおうか。いろいろ考え、もう少しだけ小箱を調べる事にした。
「ん?」
それは、両手のひらへ水平に乗せた小箱を鼻の近くに寄せた時だった。仄かに香るアルコールの匂い。下唇をかし、と噛んで大きく溜め息を吐いた。アメリカは一転して、あたかも大事そうに小箱を抱き締める。きっと中身はあれだろう。届いた日付と箱の中身からは、彼の意図は読み解けなかった。
「あれ?どうしたの?」
玄関の扉を開けて第一声が、そっけないこれ。いつもの事だ。家の中へ招かれながら思う、慣れとは恐ろしくもあるが、ありがたくもある、と。一々凹まなくてすむのだ。ロシアと付き合い始めたのはほんの2ヶ月前。憎たらしく思っていた筈が、意識しすぎていつの間にかお互い好きになっていた。お互い。好きだと言うのも、恋人を訪ねるのもアメリカばかりだが、拒否しないので同意なのだろう。そう己へ言い聞かせ、誤魔化しながら早2ヶ月。
リビングに着くと向かい合わせに座り、低いテーブルを挟んだ奥のロシアへ小箱を差し出した。ピンク色のラッピングは昨日のうちに破いてしまったので、ミルキー色の内箱が露出している。ロシアは、どこから取り出したのか、右手に掴んだウォトカを煽りながらアメリカが持つ小箱を一瞥し、こくりと喉を鳴らした。
「これ、君のだろう?」
小箱の角に爪を入れて蓋を開けば、生々しく鼓動する小さな赤。基、心臓。手を差し入れ、掬い上げるように心臓を捕まえた。とくり、とくり、と一定のリズムを刻んで確かに動く心臓は、ぽかりと穴を開けたロシアの胸元にぴったり嵌るだろう。
「昨日、俺の家に届いたんだ。いい趣味とはいえないね」
「えぇ・・・」
これ見よがしに嘆いて見せたロシアはちらりとアメリカを見た後、心臓に焦点を当てる。
「昨日、ね・・・僕は30日に届くよう、宅配をお願いしたんだけどなあ」
「ロシアから送られた物が予定日ぴったりに届くなんて、それこそありえない事なんだぞ」
「ふふっ、それもそうだね。アメリカ君、それ、君にあげるよ」
それ、とは手のひらの上で引き攣るように動き続ける物体で間違いないのだろうか。これはおいそれと人に譲れるものではない筈、少なくともアメリカにとってはそうだ。
「僕の心臓を、あげる」
アメリカの戸惑いを読み取ったのか、今度は具体的に言ってみせた。
「だって、君にしか反応しなくなっちゃったから」
「ロシ」
「そんなの悔しいから、捨てようと思ったけどゴミ箱は臭いし、焼却炉じゃ熱そうだし・・・」
「・・・・・・」
「だったら君に送り付けちゃおうって。もしかしたら怖がりな君が驚いてくれるかもしれない、そう思ったんだよ」
悪びれもなく失敗に終わった計画の詳細を披露する。ロシアに代表される文学のように一々回りくどくて悲嘆めいているけれど、要するに。
「俺が好きだから、君の心をくれる、そういうことかい?」
「・・・そういうことだね」
口元をマフラーに埋めてぽつりと肯定した。ほんのり染めた頬がウォトカのせいだけではないと気付き、アメリカもつられて赤くなる。照れ隠しに、手の中の心臓をもう片手の指でつんつんと悪戯した。
「ちょ・・・ん、あ」
アメリカの指に呼応するようにロシアの口から熱っぽい声が漏れた。アメリカは思わず、きゅむ、と握り込んでしまう。
「あっ!」
上半身を折り曲げ、ロシアは両手で己の胸元に光る勲章のあたりの布を引っ掻いた。甘ったるい苦しみを掻き出してしまいたいのに、そこは何もない空洞で、助けを求めてアメリカを見上げる。まるで喘いでいるようなロシアを見て、アメリカの口端はにんまりと持ち上がった。
「やっぱり返して」
肩甲骨の間を流れた冷たい汗に圧され、ロシアの嘆願が飛ぶ。どうしようか、と意地悪く呟いたアメリカのナンツケッツが揺れた。
「か、え、し、て」
念を押すように、はたまたコルコルと不気味な鳴き声を漏らすように紡がれる文字がアメリカの心を優しく撫でる。
「君を丸ごとくれるなら、心臓はロシアに預けておいてあげるよ、どうだい」
「・・・だー」
「ok」
交渉成立。心臓を手に持ったまま腰を上げ、ロシアが座る向かいまで移動する。上目に見上げてくるアメジストを覗き込みながら唇を重ね、手のひらの心臓ごとロシアの胸元に押し付けた。ぽっかりと口を開いた肺の間へ、たいした抵抗もなく心臓はふわりと滑り込んで行く。ちゅっ、とリップ音を鳴らせて身を起こした時には、すっかり元通りになっていた。
「誕生日おめでとう、ロシア」
「知ってたの?」
「もちろんさ」
「ふふっ、嬉しいよ」
「プレゼントには何が欲しいんだい?」
「そうだなあ・・・君を丸ごと、なんてどうかな」
20101230