米国某所。真新しい建物内は煌びやかな装飾が施され、行き交う人々は時計と睨めっこしながら終幕を迎えた会議室から、己の国が退室する時を今か今かと待ち望んでいた。
 ようやく国々が現れ、人の波でごった返して一気に喧騒を増した。そんな中、周囲とは頭二つ分ほど凹んだ小さな少年が、人気を避けて忍び込んでいた。彼の名は、シーランド。自称、国家だ。小さな身体で鋼鉄の城を築く一国の化身。一刻も早く一人前の国家になりたいシーランドは、度々世界会議へ忍び込んでは人脈を広げようと果敢に国々へアタックしている。大概失敗に終わるかくれんぼは、例によって今回もあっという間に鬼に見つかってしまった。

「シーランド!またお前」
「うわっ、イギリスの野郎!」

 背中を向けたシーランドの襟を素早く掴み、逃げ出さないように捕獲する。捕まえてしまえばこちらのものだ。反省するまで説教をして・・・。そこまで考え、眉間に皺を寄せる。

「スウェーデンはもう帰ったか・・・ああ、クソっ」
「パパがどうかしたですか」
「イギリス?それにシーランドも」

 溜め息を吐いたイギリスの背から、見知った顔が覗いた。

「アメリカ・・・ちょうどいい」

 閃いた様子でにんまりとあくどい表情を作る。

「なにがだい?」
「シーランドを明日まで預かってくれ」
「what?・・・無理無理無理無理」
「俺は仕事が残っていて、これから徹夜なんだよ。ここはアメリカだし、お前の家はここから近かったよな」
「一人で帰るですよ。子供扱いすんなですよ!」
「子供だろ、痛っ。大人しくしてろって」

 手足をばたばたと動かし抵抗するも、がっちりと掴まれた首根っこは解放されず。

「困るよ!俺は予定が・・・っ」
「じゃあ、頼んだぞ。明日の昼には迎えに行くから」

 唐突に腹部へ暖かな塊を押し付けられ、思わず受け取ってしまう。アメリカの拒否を聞き流し、イギリスは慌しく仕事へ戻っていった。

「シー君は一人で帰れますよ」
「・・・駄目なんだぞ・・・HEROは小さな子供を一人で出歩かせたりしないんだぞ・・・」
「そういう事は、その辛気くせー顔どうにかしてから言うですよ」



「お帰り、遅かったじゃ・・・な・・・い?」

 玄関のベルが鳴ったので出迎えたのはいいものの、いる筈がない第3者の姿を見つけ首を傾げる。第3者の方も、自分より遥か上にある顔を見上げ、大きな両目を見開いた。

「なんでロシアの野郎がアメリカの家から出てくるですか」

 隠してはいないが積極的に言い触らしてもいないアメリカとロシアの関係は、シーランドはもちろんの事、比較的身近なイギリスや日本でさえ知らぬ存ぜぬの事。ロシアの身内である姉妹や色恋事に聡いフランスが薄々感づいてる程度だ。

「し・・・仕事さ!ロシアと打ち合わせがあってね」

 実際はどうであれ、ティーンエイジャーにも満たない外見は真相を打ち明けるには些か憚られ、ついつい口先が動いてしまった。アメリカの嘘にロシアが肯定の頷きを返せば、幼い自称国家は納得がいったよう。

「シー君はこう見えて立派な大人ですよ。仕事の邪魔はしねーから安心するのですよ」

 ニッと無邪気な笑顔を作られ、二人の猫の額ほどもない良心がちくりと痛んだ。



「子供が二人・・・」

 無造作に床へ置かれた薄めのクッションへ尻を並べたアメリカとシーランドは、特大サイズのテレビに向かい手元のコントローラーの上で巧みに指を滑らせていた。日本製のゲームソフトで溢れ返ったボックスを掘り返し続けてもう2時間になる。
 ロシアといえば、夕飯の仕込を済ませた鍋を弱火に掛けたまま、長いソファの上に身を横たえ、一段高いところからしばし二人を見下していた。きゃいきゃいとはしゃぐ彼らは、生きてきた年月が一桁も異なるなんてそんな馬鹿なと言いたくなる程。

「何か言ったかい?」
「なーんにも」
「ロシアもやるですよ!」
「僕は見てるだけでいいよ」
「やり方が分からないですか?シー君が教えてやるですよ」
「・・・いいの?」
「ほらロシア」

 ソファに座り直しながら、アメリカからコントローラーを受け取りシーランドの講義を呑み込んでいく。

「・・・うん、なんとなく分かった、かも」
「それじゃあ対戦するですよ。手加減してやるからありがたく思えですよ」
「手加減なんてサービスはいらないよ。その代わり君が負けたら眉毛を抜かせてね」
「ひっ!じゃ、じゃあロシアが負けたら鼻を抓ませろですよ、いいですか?」
「Да」

 シーランドの言葉にロシアはふふ、と笑った。
 慕ってくれる国民を抜かせば、普段顔を合わせるのは他国家や上司がほとんど。彼らはロシアの笑顔に裏があると思っているらしい。威圧感なんてこれっぽっちも出しているつもりはないのに、だいたい怖がられるか鬱陶しがられるかの二択だ。もう慣れてしまったけれど、少しだけ寂しく感じている。だからシーランドの不躾な態度は新鮮で、嬉しかった。

「あ、アメリカ君はポトフが吹き零れないように見といてね」

 ボタンの感触を確かめるようにカコンと軽く凹ませる。本人に全く罪はないが、見ているとなぜか苛々する眉毛を抜き去るべく、いざ勝負。

「ふぐっ」

 膝を跨いだ少年に鼻を抓まれ、情けない声が漏れた。ゲームにおいて、初心者が玄人に勝つなど到底不可能、あっさりと完敗しシーランドが罰ゲームを執行中だ。

「シー君に勝つなんて100年早いですよっぷひゃっひゃ、ロシアやめろですよっ!ふっあはっ」

 伸びてきた二本の手に無防備な脇腹を擽られ息継ぎさえもままならなくなる。大きな鼻を抓んでいた指は、縦横無尽に動き回るロシアの手の攻防にシフトした。

「擽っちゃいけないなんてルールはないよね」
「ずるっふはっ、いのですよ!」

 身を捩り何とか逃げ出そうと奮闘するが力の差は歴然。

「何をやっているんだい」

 呆れを含む声色が頭上からかかり、ロシアの手が止まる。頭をソファの背凭れへ倒して見上げれば、存外近い場所にスカイブルーを見つけた。

「負けちゃって悔しかったから」
「大人気ねーのですよ!」

 はあはあと肩で息をしたまま、薄っすらと水の膜を目尻に溜めたシーランドが非難の声を上げる。

「ふふっ、ごめんね」
「仕方ないから許してやるですよ。だからもう一戦・・・」

 くう。意気込んだソプラノを遮るようにシーランドのお腹が鳴った。

「あれだけ煮込めば出来上がりでいいんじゃないかい?」
「そうだね、夕飯にしようか。続きはご飯を食べた後にね」
「望むところですよ!」


 時計の短針は9を指し、とっぷりと深けた夜。夕飯とリベンジマッチを済ませたシーランドはアメリカに付き添われてシャワータイムに入っていた。アメリカの身長に合わせてレイアウトされたシャワールームはシーランドでは何もかもが高すぎる為、不本意ながら保護者同伴だ。
 一人残されたロシアはあまり使われていない客室へ向かうとベッドメイキングを始めた。放ったらかしだったのだろう、シーツを叩けば細かな埃が舞い上がる。手早くシーツを取り替え、空気を入れ替えようと窓枠に手をかけた所で名前を呼ばれた。

「ここにいたのかい」
「あれ、もう出たの?」
「シーランドはドライヤーで髪を乾かしてるよ。自分でやるって聞かなくてさ」

 寝巻きを着たアメリカが、ロシアのいる窓辺へ歩み寄る。肩にかけた星条旗柄のタオルが髪の毛から滴り落ちる水に浸食され所々色が濃くなっていた。

「ロシア」

 常と異なる仄かに熱っぽい声。腰とうなじに回された手が性急にロシアを抱き寄せた。柔らかな金糸へ頬を埋め、すん、と鼻を鳴らせば飲んでいない筈のアルコールが僅かに香り立つ。彼の血はウォトカだと揶揄されるが、信じてもいいのかもしれない。アメリカの行為に応えるように、ロシアの額がこてんと肩口に乗り、背中の中央で握られた手がぎゅうと締め付けた。

「ふふっ、久しぶり」

 いつぶりだっけ。最近は忙しくて禄に会えなかった。ロシアのうなじに添えた指先で後ろ髪を絡め取って軽く引き、雪のような白い肌に嵌め込まれたアメジストを捕らえる。吸い込まれるように唇を重ね、ふっくらとした感触を味わった。もっと欲しい。沸き上がる衝動を抑えることなく薄く開いた唇を割り開き貪るように口付ける。

「んっ」

 だんだんと荒々しくなるキスは、アメリカの顎へ添えられたロシアの手によって、あっけなく押さえ込まれた。

「・・・っは、ロ、シア?」
「これ以上は駄目だよ・・・我慢できなくなるから」

 視線を不自然に泳がせたロシアが下唇を噛みながら火照った頬を隠すように俯いた。眼鏡の奥で微かに瞳を細め、顎に触れるロシアの右手を捕らえる。突然の事に肩を跳ねさせたロシアを横目に、口端を吊り上げながら人差し指の爪を硬く尖らせた舌先で舐め上げた。

「っ、アメリカく、ん」

 上ずった甘い声に気分を良くして、そのまま指先を口に含み第一関節をカシ、と噛む。アメリカの意図が読めず困惑した目を向けるロシアにつられ、ついつい意地悪な笑みが漏れてしまう。

「今日はシーランドと寝るよ」
「う、うん。まだ小さいからっあ。噛まないでよ、やっ・・・」

 綺麗に揃った歯列がコリコリと弾力のある肉を転がすたびに、面白いくらい反応が返った。
 カタ。
 廊下から床を擦るような小さな音が聞こえ、二人は互いに胸板を押し合い距離を取る。痛いじゃないか、と必要以上に力を込めた恋人へ批難の視線を送るが、今はそれ処ではない。わざわざ嘘で塗り変えた関係を目の前で見せ付けてしまったのではないかと、ロシアの顔が青ざめる。踵を返したアメリカが半分ほど開いた扉から廊下へ顔を出して辺りを窺った。

「風、かな?」

 シーランドの姿はない。ロシアへ振り向き開け放したままの窓を指差した。ふう、と肩を撫で下ろしてアメリカの元へ歩み寄る。

「そろそろドライヤー終わるよね。僕シャワー浴びてくるからアメリカ君たちは先に寝て」
「そうするよ」

 リビングへ戻ると、ソファに沈む塊が一つ。アメリカやロシアに比べると、ただでさえ小さな身体が膝を抱えることでさらに小さく見えた。

「シーランド?」
「あっ、アメリカどこ行ってたですか。ロシアも!」

 ほかほかと湯気を纏うシーランドが跳ねるようにソファの上で立ち上がる。それでも二人と同じ高さにまでは届かないが、ぐんと差が縮まった世界で返答を待った。

「んー仕事の打ち合わせかなあ。ね、アメリカ君」

 曖昧なロシアの言葉に、今度はアメリカが肯定の頷きを返す番。

「そうなのですか」
「僕シャワー浴びてくるね。二人ともおやすみ」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさいですよ・・・」

 アメリカとシーランドの返事を聞きながら一人、脱衣所へ歩いていった。


 ロシアと付き合い始めて買い換えたキングサイズのベッドに、シーランドとアメリカが寝転がる。
 腕の長さ程もある大きな枕を背中で潰して、アメリカは天井を仰いだ。ふと、眼球を斜めに逸らせば物珍しいのか辺りをキョロキョロと見回すシーランドが見えた。自分はイギリスの元弟で、彼は現弟。けれど、自分とシーランドに何か繋がりがあるのかといえば、複雑な関係だと答える他ない。こんなにも長い時間を共に過ごす事自体、初めてだった。

「湯冷めしないうちに早く寝るんだぞ」

 ロシアを見送った後、ゲームのコントローラーを構えたシーランドに1回だけとせがまれ、ノリノリでテレビのド真ん前を陣取ったアメリカに言えた台詞ではないが。

「アメリカ」

 もそもそと顎の下まで布団を被りながら戸惑うような声が漏れる。

「ロシアは・・・一人で寝るですか?」
「なんだい、いきなり」

 そう言って、元兄によく似た眉毛を覆うように小さな頭を撫で付けた。シーランドは、言っていいのか言わない方がいいのか、何かを懸命に思索しているよう。

「シーランド?」
「・・・恋人は一人で寝かしちゃいけねーって前にインターネットで見たですよ」
「!」

 聞き捨てならない一言に、布団からガバリと跳ね起きた。唖然とするアメリカを視界の端に捉えながら、吹っ切れた表情でシーランドが続ける。

「シー君は一人前の男だから、一人で寝るなんてへっちゃらなのですよ」
「シーランド・・・君、さっきの見」
「ロシアが待っているですよ」

 一回りも二回りも小さくて華奢な手が、力強くアメリカを押した。微弱な筈のそれはアメリカを動かすには十分で。

「Thanks、シーランド」
「Don't mention it、おやすみなさいですよ」

 そう言って、格好を付けてアメリカを送り出したのは、今からほんの10分前。両腕を一杯に広げても縁に辿りつかないベッドの上で寝返りをうつ間もなく、自由の国のHEROは人数を増やして再び戻ってきた。

「なんかおかしくねーですか」

 ロシアは客室から持参した枕を置き、左から布団の波間に潜り込む。シーランドを挟み、その反対側では、ちょうどアメリカがベッド脇に備え付けられたスタンドライトを消すところだ。

「いいんじゃないかい」
「うん、いいじゃない、細かい事は気にしないで」

 左から伸びてきた手が胸の上に置かれ、ぽんぽんと優しく撫でられる。寝かしつける態勢に入ったロシアを尻目に、シーランドが口を開いた。

「シー君を潰さないように気をつけてくださいですよ」
「それは約束できないんだぞ」

 アメリカの手がシーランドの胸の上でロシアの手に触れ、きゅう、と繋がれた。優しく絡んだそこへ小さな手が恐る恐る辿れば、真ん中に挟まれ捕獲されてしまう。左右から柔らかい温もりに満たされ、暗闇に慣れ始めた双眸に映る白黒の天井がぼんやりと揺らぎ始めた。

「おやすみ」

 見慣れた笑みを貼り付けて、耳のすぐ傍から吹き込まれる魔法の呪文。途端に力が抜け緩やかに浸っていく。透明な壁に呑み込まれるように、まどろみ始めた。

「おやすみ3秒ってこういうことかい」
「子供は体温が高いんだね。暖かくて気持ちいい」
「ロシアも抱き心地がいいんだぞ」
「・・・脳みそまでハンバーガーなアメリカ君にはちょっと難しいかもしれないけど、空気を読んでその発言は控えてほしかったな」
「酷いじゃないか!褒めたのに」

 ひそひそと蚊の羽音のような音量で交わされる応酬は、自分で無理矢理覚醒したシーランドの怒号が入るまで止む事はなかった。



「・・・・・・」

 顔面に湛えた悲壮を隠そうともせずにイギリスを出迎えたアメリカは、うな垂れるように壁に凭れ掛かる。

「よお、昨日はいきなり悪かったな。約束通り迎えに来た」
「元々一泊の予定だったんだぞ・・・久しぶりだから溜まってたのに・・・」
「は?」
「ロ・・・じゃなくてシーランドがまだ遊び足りないって言うから、今日はギリギリまで俺の家でロ・・・じゃなくてシーランドが遊ぶって」
「どう言う事だ」
「どうしたもこうしたもないよ。後でロ・・・じゃなくて俺が要塞まで送り届けるから、イギリスは一人で帰るといいんだぞ。Bye」
「はあ?!ちょ、おまっ閉めるな、おい!」

 パタリ、と閉められた扉にイギリスがワンテンポ遅れて飛びついた。ご丁寧にも施錠された頑丈な玄関扉はイギリスの力ではぴくりとも動かない。分厚い板の向こうから聞こえてくる賑やかな声は、シーランドと・・・誰だろうか。イギリスの記憶では、休日にアメリカの家にいても不思議ではない知人の中で、この声の主に該当する人物に心当たりが全くなかった。

「ロってなんだよ!無視すんな、ばかっ!」



20101019