「んっ・・・えいっ・・・」
壁から浮き出た柱を背に、爪先立ちをして目一杯背伸びする。ふくらはぎが攣りそうだ。
右手に持ったHBの鉛筆で柱の上に線を引いて、振り返り黒い線の位置を確認した。
ズルをして嵩増しした分は目を瞑り、1年前に引いた線と比べっこ。クリーム色の柱には、目の高さより少し上の辺りに、綺麗に重なった線が無数についていた。
全く変わってない。成長期ではないにしろ、1センチくらい伸びていてもいいのに。
肩を落としながら柱と睨めっこしていると、突然、膝裏に何かが当てられた。驚く間もなく、ぐ、と押されて膝の力が抜ける。
「うわっ!」
重力に逆らうことなく、そのまま床へ落ちていく。尻餅を覚悟し身体を強張らせるが、いつの間にか伸びてきた2本の腕が腹部に回り、ラトビアを軽々と支えた。
ほっとするもつかの間、支えてくれたことには感謝するけれど、もちろん悪戯をしたのも彼なわけで。
ラトビアの知る中で、膝カックンなんて子ども染みたことをするのは一人だけ。逃げ出さないように、臍の上で組まれた小さな手を両手で握り締める。
「シー君、びっくりするじゃない!こんなこと、僕だからお説教だけですむんだからね!もしも間違ってロシアさんにしたら・・・」
シーランドに抱えられたまま、手のひらで顔を覆って震え始める。涙声でぶつぶつとお説教の続きを開始するが、一言「分かってるですよ」と、これっぽっちも反省の色を含まない弾んだ声が返ってきただけ。
小さなラトビアの背中にこつん、とシーランドのおでこが当てられて、そのままぐりぐりと擦りつけられた。甘えてるのかな、なんてちょっと嬉しくなる。
シーランドが揺れる度、ふわりと香る潮の匂いが鼻腔をくすぐった。四方を真っ青な海に囲まれた要塞に住む彼は、その身に大海原の潮風を潜ませる。
あれ、と気づき、首だけ後に回した。
「背、伸びた?」
度重なるスキンシップに慣れきったラトビアが、小首を傾げて問いかける。少し前に会ったときは、もう少し下にいたような。
「ラトビアが縮んだんじゃないですか」
「んなっそ、そんなことあるわけないじゃない!」
「じゃあ伸びたですか?・・・って変わってないみたいですね」
壁に引かれた黒い線を眺めて、笑みを堪えた。同じ色を重ねて毎年濃くなっていくその線は、シーランドとラトビアの距離を正確に記録する。
自分より何倍も歴史を紡いできた華奢な身体をぎゅうと抱き締めた。力を入れたら折れてしまいそうなほど薄い肩が頼りない。
願わくは、頭上で揺れる柔らかな淡い栗毛を見下ろせるように。
「そんなに急いで大きくならないでほしいですよ」
「えっ」
「僕が大きくなるまで、伸びちゃ嫌ですよ・・・」
「シー君?」
「いつか・・・眉毛の野郎よりも、スウェーデンパパよりも大きくなるから、そしたら」
「ええ!スウェーデンさんって大きすぎだよ、シー君と顔を合わせたら首が痛くなっちゃう」
「・・・・・・空気読めですよ」
「?」
足りない距離を埋めるために、つま先に体重を乗せて背伸びした。
襟足に覗く白い肌に狙いを定めて噛み付く。びくん、と跳ねた肩と焦り上擦った声を両腕の中に閉じ込め、唇を窄ませて強く吸い付き赤い印を残した。
「何したの?痛かった」
「秘密ですよ」
口の両端をにっと吊り上げ、見た目相応の笑顔を作った。
幼い子供が悪戯を成功させたような笑みを見て、口先を尖らせながらもラトビアは許してしまう。外見と中身が一致しないことは自分自身がよく知っている筈なのに。
無垢な表情を見せるシーランド。ラトビアには、背後から抱き着かれる行為を、抱き締められていると置き換えることができない。けれど、確かに、過剰な程のスキンシップに喜びを感じていた。己よりも小さな彼に包まれていると安心感を覚えるし、離れてしまえばどうしようもなく淋しくなるのだ。
腹の上で重ねていた手をとり、指と指を絡ませてきゅうと握った。
「ラトビア?」
「シー君も・・・あんまり急いで大きくならないでね。今のままの君が好きだから」
「・・・僕もチビなラトビアが好きですよ」
「もうっ僕の方がお兄さんだし大きいんだからね!」
「すぐに追いついてやるですよ。そしたら、一緒に大きくなるですよ」
「そうだね・・・一緒に」
繋いだ指先にシーランドの想いが籠もる。伝わればいい、大好きなのだと。友達でも親友でもなく、恋人として一緒にいたいのだと。
それでも今は、ラトビアが幸せそうに笑ってくれる場所を独り占めするだけで我慢しよう。何せ相手は、あの北の大国ロシア率いる大家族。「お宅の息子さんを僕にください」をするには、まだまだ力不足だと重々承知しているのだから。
20100714