ロシアが仁王立ちするのは、WDCにあるアメリカの家の前。アメリカ本土各地に散らばる恋人の邸宅だ。いくつあるのかなんて聞くつもりはないが、ロシアが知っているのはごく限られた数軒だけなのだろう。
アメリカの隠し事など今更で、もちろんロシア自身、唯一の恋人に隠しているシークレット・キーワードが山ほどある。お互い承知の上だ。
例えばその秘密が、愛してやまない恋人の身体をボロボロに壊してしまう真っ赤なコードだとしても、彼らが国であり続ける限り触れてはならないパンドラの箱として在り続ける。
外見年齢で言えば20歳にも満たない恋人のパンドラの箱を含めた些細な隠し事などに動じるロシアではない。
もしも、目に付かない第二の邸宅にロシア以外の恋人を連れ込んだりしたならば、その時ばかりは動じて、不快のあまり真っ赤なコードを禁断のパスワードボックスに打ち込んでしまうかもしれないが。
アメリカの家の中でも、特によく使用するそこへロシアが訪ねるのは実に3ヶ月ぶりのこと。
仕事が忙しかったのだと言い訳をしたいが、生憎、自宅にフランスとオーストリアを招き昔話に花を咲かせている真っ最中、アメリカから連絡が入ってしまった。
何の因果か、ジリリと金切り声で喚く受話器を取ったのは、アルコールが入ったフランスで。ロシアはオーストリアの相手をしていて、度数の高いウォトカで狭められた意識の枠の外のこと。
「au
revoir(それじゃあまた)」
とフランスが受話器を置いたことにも気づかなかった。
遠い昔、手を組み一つの目的に向かって共に歩んだ彼らは、ロシアの歩調にあっていた。
否、片方は合わせてくれているのだろう。フランスにはロシアにない器用さがある。よく言えば優雅、悪く言えばのんびり屋なオーストリアの振る舞いは、マイペースなロシアによく同調していた。裏表のない彼らと過ごす一時は白銀の世界に、一人残される現実を忘れさせてくれるのだ。
だからこそ、普段より多量のアルコールを摂取し浮かれた気分も相まって、体の細部まで侵していた。
ぼんやりと歪んだ視界も聴覚も、汗ばむほどの熱に浮かされ心地良い。オーストリアの隣に腰をおろしたフランスが口を開くまでは、確かにそう感じていた。
「アメリカからだったぞ。いつからプライベートで連絡を取り合う中になったんだ?お兄さん妬けちゃうなあ」
冗談交じり、というかほぼ冗談だけで彩られたフランスの陽気な口調は聞き慣れたもので、思わずスルーしてしまいそうになる。アルコールで淀んだ耳の奥がフランスの言葉を聞き取り、ふやけた脳が理解するまでニコニコと笑んだ表情を崩さずにいたのだ。
「今・・・なんて・・・?」
ウォトカがたっぷり入った瓶のくびれた首を握り締める。聞き間違いであってほしかったが、リピートを求めたロシアへ届いたのは、1分前に麻痺寸前の脳が理解した内容そのもの。
「ロシア、あなたアメリカと何か悪巧みでもしているのですか?」
頬を高揚させたオーストリアが挑発的にふふん、と笑ってみせる。しかし、今のロシアにオーストリアの冗談を同じ笑みで返す余裕はなかった。
「ね、ねえ。僕今呂律どう?ちゃんと聞き取れる?お酒を浴びるほど飲んだ後なんて感じには聞こえないでしょう?」
「ああ、その通りだともロシア!思いっきり酔っ払いさ!」
「ふふっ、私もフランスに同意です」
ぐ、っと指先が白くなるほど握り締めた瓶が僅かに歪む。白い線が何本か浮かび上がり、破砕のときを待っているよう。
「アメリカはなんの用でかけてきたんです?」
「用ってほどのことでもなかったかな。最初は訝しげな声だったけれど、俺だって分かるといつもの調子さ」
「訝しげ・・・」
額に青筋をくっきり立てた恋人の顔が脳裏を過ぎった。アルコールにどっぷり浸かった頭でさえ100発100中の推測が立てられてしまう。
ああ見えてアメリカはひどく嫉妬深い。へそを曲げると元通りになるまで時間がかかるのだ。
ご機嫌伺いの電話をするために、立ち上がる。古ぼけてくすんだ金色の受話器を持ち上げて、指先をボタンへ伸ばした。
「・・・ああどうしよう」
背後で酒盛りを再開した二人には聞こえないほどの小さな声がロシアから漏れる。僅かに開いた唇は、溜め息を溢し終わると両端をふんわり吊り上げた。
きっと、アメリカの頭はロシアのことで一杯だ。
フランスと何をしていたのだろう。
オーストリアの声も聞こえた。
甘ったるく語尾が伸びる独特の口調は酒を飲んでいるときのもの。
恋人の己に内緒で、どんな空間を作り上げているのだろうか。
・・・尽きない疑問と嫉妬がアメリカを支配しているはず。
「消さないで、アメリカ君・・・もっと僕で一杯になって」
受話器を戻して恋人の不機嫌な顔を思い浮かべる。
子供っぽく頬を膨らませて、怒っているんだ甘やかしてくれと訴えるアメリカをドロドロに解けきるまで抱きしめていたい。
嫉妬深いアメリカのことだ。次の週末にはロシアの家まで乗り込んでくるのだろう。
「アメリカ君、競争しようよ」
憎たらしくて会いたくて殴り潰してしまいたいのに愛しい想いが膨らんで、我慢できなくなるのはどちらが先か。
20100625