甘々な時間だけを要求したい訳じゃない。
そりゃあ、たまにはあのでかい図体で甘えてきてくれたらどんなにいいだろうとは思うけど。最愛の俺に憎まれ口を叩いて、全然素直じゃないところも含めて気に入っているのだから。
我が儘を言い合い、少しだけ譲り合って今の関係を保っている。俺は大概ゴーイングマイウェイな気質で、彼はひたすらマイペース。足並みを揃えることは至極難しい。
何が言いたいのかっていうと、お互い様なんだ。
けれど、これはないだろう。
「ロシア!早く開けてくれよ!凍死するじゃないか!!」
これは決して俺の我儘でも失敗でもない。
2週間前から今日はデートの日だと二人で約束していたし、吹雪で6時間ほどずれ込んでしまった飛行機の到着は、いくらアメリカ国家と言えどチート技でどうにかなるものじゃない。
待たせてしまったのはちょっとだけ悪いとは思っているさ。だからって、不貞寝しているんだか籠っているんだかで玄関も窓も全て施錠してしまっているのは、どういう仕打ちだい。
時間を作るため徹夜続きのワシントンの仕事場から直行したから、防寒はワシントン並み。真冬のモスクワに耐えられるだけの装備なんてしてないんだぞ。暖房の効いた飛行機からタクシーに乗ってロシアの家へ。吹雪さえなければ、外に出る時間はほんの僅かだったはずなのだ。俺の防寒が足りないのは俺のせいじゃない、たぶん。否、絶対。
モスクワの中心地から大分離れたロシアの家。人通りが少なく、近所の家々も吹雪で見えず、うかつにこの場所を離れたらもう戻ってこられないかもしれない。
足元に視線を落とせば、雪が降り積もって靴底が埋まってしまっていた。このまま玄関先で雪だるまになって俺は死ぬのか。
俺の死体を見つけて、ロシアはちょっと驚いて、それからいつもの笑顔を貼り付けて、あれ死んだの?で終わらせてしまいそう、なんて。
・・・止めよう。簡単に想像できてしまった。
大粒の雪がまるで刺すように露出した肌へぶち当たる。ロシアの家には俺の私物がいっぱいあるから、手持ちの荷物はスポーツバッグが1個だけ。震える指先でチャックを開けて中を漁る。ロシアにプレゼントしようと買った厚めのマフラーが入った袋を取り出して、一瞬躊躇してから包みを破いた。頭から被って耳と口まで覆うように巻きつける。
あいつにひとこと言ってやるまで死ねるか。
そうだ、あいつは雪だるまになった俺を見つけて、目を見開いて、嫌なジョークはよしてよアメリカ君、そう言って泣くんだ。
溢れた涙は頬を伝う前に氷になる。冷たい涙がロシアを凍らせてしまうんだ。そんなこと簡単に想像できてしまう。俺はヒーローだから、愛した人を泣かせるなんてことはしないんだぞ。
例え、徹夜明けで、寒さに震える身体が睡眠を求めて目の前が歪み始めていたとしても、絶対泣かせるなんて。
ぐらり、と傾いた身体は雪が降り積もる真っ白な地面に向かって落ちていく。
ああ、ぶつかってもふかふかの雪なら痛くなさそうだ。
「・・・ん・・・・・・ん?」
パチっ、と薪が弾ける音がして目が覚める。状況が把握できず、慌てて起きようと身体を動かすが、背中から腹に回る強い力に阻まれた。
「まだ動かないでじっとしてて」
呟くような幽かな声が首の後ろから聞こえてくる。
むせ返るようなじっとりとした熱さは、暖炉の傍に置いてある轟々と唸る加湿器だろう。
凍傷になりかかっていた指先まで温まり、少々熱いほど。
「君さ、前から思ってたけど、本当に馬鹿だね」
辛辣なロシアへの応酬に玄関の前で考えていた恨み辛みを吐き出そうとした口が開くことはなく、代わりに小さく震える腕を撫でていた。
蚊の泣くような小さな嗚咽が聞こえて、絡み付いていた拘束を力ずく剥がして向きを変える。俯くように顔を布団に埋めていたロシアの頭ごと抱きしめた。
「あんまり着くのが遅いから電話したんだよ。アメリカ君が出ないから空港に電話して、到着がいつになるか分からないって言われて。だから迎えに行ったのに、待っても待っても君はゲートから出てこなくて。その後も君に電話したのに・・・何度も・・・たくさん」
「あ、携帯デスクに忘れた・・・」
ロシアの家には電波が届かず携帯が使えないので、あるかどうかさえ確認していない。足止めを食らった客で空港がごった返していた。あの中からたった一人を見つけ出すのは至難の業だ。
「馬鹿じゃないの・・・さっさと窓でも玄関でも破って中に入ればよかったのに」
「・・・そうだな」
嘘、そうだなんて全く思っていない。今の今まで思いつきもしなかった。例え思いついたって、やらなかった。薄暗い極寒の北国でロシアを守る唯一の城を破るなんて、ヒーローの俺がすることじゃないだろう。
死んでしまうかもしれないのに馬鹿だな、と自分で笑ってしまいそうになるけれど、ロシアと同じ我が儘だから、頼まれたって破らない。
「ロシア、馬鹿なんて君に言われたくないんだぞ」
もぞり、と動いてロシアの腕が背中に回る。
「・・・ふふ、アメリカ君よりはましでしょ?」
そうやって憎まれ口を叩いてくれ。嫌いな俺が抱きしめているのに逃げないことも、背中の後ろで握り締めた両手にも気づかないでいるから。
そういうところも含めて、俺は君が好きだから。
20100615