**4日目。

  ロシアの携帯電話の履歴は一日目には妹の名前で埋まっていた。時おりかかってくる上司や姉の名前が半日も経てば消えてしまうほど。かかってくる頻度は次第に速度を上げ、このままでは非常にまずい事態になると怖れたロシアが、アメリカが寝ている間にフロントに伝言を頼みベラルーシに会いに行ったのだ。
 説き伏せ宥めすかしてようやく解放されたのは夕方だった。いつものんびりマイペースなロシアにしては大急ぎでアメリカがいるはずのホテルに戻り、その足で待ち合わせたバーに向かう。数日前に酔い潰れたあの店だ。
 混み合った店内の隅っこでグラスを指先で弾くアメリカを見つけ、ほっと安堵の息を漏らした。

「あ、アメリカ君いた」
「・・・・・・」
「ごめんね」
「いいさ。元々、無理に誘ったのは俺だったんだから」「そう素直になられると怖いなぁ。なにか謀りでもあるの?」

  軽口をたたき、既にできあがってるアメリカを避けるようにして向かい合わせで座る。そんなロシアにむうと唇を尖らせ、たしたしと自分の隣を叩いた。

「こっち」
「やーだよ」

 常人であればグラスの半分を飲み干す前にトイレに直行するであろう酒を注文しながらアメリカの前に立ち並んだ空のジョッキを見下げた。

「たくさん飲んだね」
「君がいつまで経ってもこないからね」
「うん」
「別に怒ってるわけじゃないさ」
「そう、よかった」
「少し淋しかっただけ・・・」

 間がいいのか悪いのか、耳を赤くしたアメリカを隠すように店員がロシアの酒を運んできた。グラスの底がテーブルに乗ると、並々と注がれたアルコールが表面に小さな波を作った。

「・・・一口いる?」
「・・・もらうよ」

** ** ** **

「そろそろ俺のことが好きになったんじゃないかい?」

 顔も首も手の甲だって真っ赤になったアメリカが、テーブルへ身を乗り出してロシアへ詰め寄る。原因はロシアが頼んだ酒で間違いはない。たった一口飲んだだけで肌の色を一新したアメリカを、素知らぬ顔で眺めながらロシアがグラスを煽る。

「えーあはは」
「君はいつだって、そうやって笑えばすむと思っているんだ!」

 機械が原稿でも読み上げているかのように乾いた笑い声を出しながら新たなグラスを注文しようとメニューを手繰り寄せる。一杯では物足りないし、目の前に迫る酔っぱらいの相手を素面でするには骨が折れそうだ。
 目じりを少しだけ桃色に染めたロシアをぎりと睨み上げて、アメリカがテーブルにどん、と両手をついた。

「だいたい初対面で俺にキスを迫ったくせして誰彼かまわずキスをしようとするし、ドイツとは仲良しだし、他のやつにもキスをしようとする、し・・・キ・・・ス・・・」

  だんだんと声量をしぼませながら膝の力が抜けると、最終的にテーブルにうな垂れぴくりとも動かなくなった。

「いつの話をしているの・・・」

 アメリカの腕を自分の肩に回して半ば引きずるように夜道を歩く。目が覚めているのか寝ているのか、その間を行き来するアメリカはロシアに促され千鳥足でなんとか歩き続けていた。

「さすがに夜になると冷えるね」
「・・・じゃあマフラーを半分こしてくれよ」

 呟いた言葉は月夜に向かい、アメリカに話しかけたわけではなかった。だけれど、ロシアのひとり言を拾ってしっかりとした口調が返ってきた。

「大の大人がそんなことをしていたら恥ずかしいじゃない」
「お気に入りなのかい」
「うん。昔ね、姉さんに貰ったんだ。だから、僕がいなくなるまで大切に使うよ」

  ロシアの後ろ向きな発言は癖みたいなものだった。広大で、なのに寒くて暗くて怖くて。昔からそんなところに独りでいたからかもしれない。

「いなくなったりなんかしないんだぞ。だって、恋人がヒーローなんだから」
「・・・ぷふ。まったく、面白いなぁ」

 やっとのことでホテルに到着すると、電気も付けずにベッドルームへ直行し、肩を貸していたアメリカを躊躇いなくベッドへ放り投げる。
 仰向けでぼふりと沈んだアメリカに覆い被さり眼鏡に手をかけた。

「メガネがないとちょっぴり大人っぽくなるんだね」

  アルコールでしっとりと汗ばんでいるブロンドの前髪を撫で付けた。

「表情がないからかな。ああ、でも、いつものきみの方が――」