**3日目。

「グッモーニン。そろそろ俺を好きなったんじゃないかい」
「うふふ、まだ寝てるの?起こしてあげようか」
「それで起こされると永眠するからやめてくれるかい」
「どうやって入ったのさ」

  その日は、そんなあいさつで始まった。あいさつというにはいささか不似合いで、物騒で。けれども腹の上にまたがるアメリカは夢ではなく現実のようだ。どこからともなく出現させた水道管をやはりどこかへと消滅させたロシアがアメリカを振り落とそうと上掛けを引き上げた。

「ルームキーをフロントで」
「言い方を間違えたね。どうしてフロントで僕の部屋のキーを、僕と無関係なきみが、手に入れられたのかな」
「ヒーローに不可能はないんだぞ」

 腕を組み、威風堂々とした雰囲気でロシアを見下ろしていた。

「ちょっときみを育てた人に会いたいんだけど呼んでくれる?そのまま帰ってくれると嬉しいよ」

  ナイトテーブルには空になったウォトカが置いてある。寝ぼけた双眸がゆるりとまばたき、枕に擦り付けられたペールブロドが四方へ散らばっていた。アメリカはそっと手を伸ばし、その一房に触れた。

「なぁに」
「こういうの、猫っ毛って言うんだろ」

 そう言って、今度はつむじから耳の下まで撫でてみる。ロシアに染みついたアルコールの香りが、手のひらにうつってしまいそうだ。

「きみは・・・ストレートだね」

 よいしょ、と上半身を起こしたロシアがアメリカへ手を伸ばす。くせのない髪は指通りがよく、いつまでも触っていたかった。けれど。

「ふふっ、あは、」

 唐突に笑い始めたロシアを怪訝な目つきで見やる。ロシアの目配せに気づき視線を辿れば机の上に掛けられた横長の鏡。そこに映り込んだ自分たちの姿を見て、アメリカも思わず笑い出した。まったく、朝から何をやっているのか。

「さて、今日は何をしよう」

 ロシアから降りて少々乱れた服を直しながらアメリカが呟いた。

「観光でもしようか。大きな街だから、退屈はしなさそうだ」

** ** ** **

 その街はどこまでいってもレンガが敷き詰められていた。でこぼこと歩きにくいくせに見渡した景色は一枚の絵画に迷い込んでしまったかのように美しい。アメリカにもロシアにも身に馴染まない街並みだった。ふいにアメリカが立ち止る。

「花でもプレゼントしようか」

 いつの間にか、細い路地にあるひっそりとした小さな花屋の前で背の高い男が二人で肩を並べていた。

「・・・あは、似合わない」

  反応が遅れてしまったのは、ロシアに花をプレゼントするアメリカを想像できなかったから。思わず店の中央で背筋を伸ばした薔薇にロシアの視点が定まった。

「ひまわり、好きなんだろう?」

 ほら、とアメリカが壁際の大きな花瓶に活けられたひまわりを指差した。ひまわりを視界に入れた途端、無意識のうちに頬が緩んだのが自分で分かった。もっぱら条件反射だ。

「一番好きな花だよ」

 花瓶に近寄り、どれにしようかとひまわりたちを見比べる。そんなロシアの横で、アメリカは花瓶に貼られたひまわりの値札を眺めていた。

「太陽の花、か。ヒーローである俺みたいな花じゃないか」
「・・・うふ、全然違うよ」

 心なしか威圧感のある微笑みを向けられ、アメリカがスマイルを引っ込めた。

「はいはい。俺は君が好きなひまわりじゃ」

 だって、とアメリカの言葉を遮り、ロシアが優しくひまわりに指先を這わせた。

「ひまわりはいつか枯れちゃうもの。僕が掴んでなければ傍にだっていてくれない」

  マフラーに埋めた表情は変わらずに笑っている。けれど、その声音は胸を絞られるような萎れたものだった。

「きみはいつまでいてくれるのかな」
「ずっと。魔法のステッキとやらで君が素振りをしたってね」

  一瞬の迷いもなくアメリカが言い切ると、ロシアは驚いた様子で目を瞠った。それから眉根を歪ませ泣きそうな目をして、口元を笑わせながら鼻をすんと鳴らした。