**5日目。
息を詰まらせ勢いよく重々しい扉を開けば、ドイツから怒号が飛んできた。よれよれのシャツと不恰好なネクタイ、おまけに寝癖で爆発したきらきら光るブロンドが、アメリカの失態を物語っていた。
「寝坊したんだ、ごめんよ」
軽く謝り席に着く。最終日になればネームプレートを確認せずとも簡単に自分の席を見つけることが出来た。まあ空いている席は一つのみだから、探す必要すらなかったけれど。朝食を食べ損ね、ピーピー喚く腹に苦笑いしながら、配られた資料に目を通し始めた。
昨夜、テキサスを外しベッドに潜り込む頃には腹を括り終えていた。同姓の、それもロシアの好意に応える覚悟だ。だから、寝坊の原因は緊張して眠れなかったからに違いない。本来であれば、朝食のときにロシアから言ってくるであろう告白へスマートにイエスを返せばよかったはずなのに、とんだ番狂わせだ。
横目でロシアを盗み見た。彼はアメリカの視線を受け取り丁寧に笑顔を付けて返してくる。あっという間に活発に動き始めた心臓が、今すぐにでもロシアに告白しろと訴えていた。しかし、今は会議中で二人の間には何人もの国が挟まっていたし、それにドイツの演説にも特に熱がこもっている。空気は読めずとも良識ならたっぷりとあるアメリカは、胸元をこしこしと擦るに留めた。
最終日の会議は午前中で終わる予定だから、あと数時間の辛抱だ。
** ** ** **
「ねぇ、アメリカ君」
閉幕し、飲みに行く国もいればそのまま帰路につく国もいる。そんな中、アメリカへ歩み寄るロシアに、周囲は「またか」と慣れた様子だった。
「僕と、一つになって」
パープルとブルーが溶け合いそうなほど入念に瞳を合わせ、アメリカは子音までくっきりと聞こえるように答える。
「・・・OK」
アメリカの返答が会議室に響くと、目を真ん丸くさせた視線が二人に集まった。
ざわりと淀んだ雰囲気をあっさりと打ち破ったのは、マフラーに口元を埋めたロシアだ。
「そう?嬉しいな」
感極まる様子ではない。ただ、それだけを言うと、昨日のアメリカのようにコートの中に手を差し込んで、ごそりと漁り始めた。
「はい、これ」
折りたたまれ、裏の字が透けるほど薄く、それでもって上質な紙をロシアが取り出した。いそいそと机の上に広げ指で示す。
「婚姻届だよ、ここに名前を書いてね。ペンはある、よね」
机上に備え付けられたペン立てに視線を落として満足そうに頷いた。そんなロシアとは対照的に、アメリカが誰の目にも明らかなほど顔をしかめた。どこかの眉毛と髭の嫌な昔話を思い出したのだ。当人たちも心当たりはあり過ぎたらしく、入り口付近でイギリスがフランスのわき腹を小突いていた。
「あれ入れ知恵したのお前だろ」
「あらら、ばれてら。どうしたらいいのか分からずに困っていたから、アドバイスを2、3ね。お兄さんはどこかのヤンキー崩れと違って親切だから」
「んだとこら!」
適当な会議の延長を始めたおっさん二人は置いておいて、アメリカは婚姻届に思考を戻した。ぼんやりとした、とても重要で嫌な予感が脳裏を過ぎる。何かが、違う気がした。しかし、その何かになぜか辿り着けない。
「アメリカ君?書いてくれないの?」
笑みから一転、眉根を下げてしょぼくれたロシアにうろたえる。
「今書くよ」
ペン立てから黒いペンを抜いて四角い枠にペン先を置いた。ア、メ、リ。最後の文字に差し掛かると、ロシアがふう、と嬉しそうに溜め息を吐く。
「あーようやく仕事が終わるよ」
カ、の一画目を引き終えたばかりのアメリカが、ロシアの言葉にぴたりと停止した。
「・・・なんだって?」
「ん?」
お互いにクエスチョンマークを頭上に浮かべる。たった2つのはてなマークは瞬く間に周囲に広がっていった。
「仕事は・・・関係ないだろう?」
「・・・何を言ってるのアメリカ君・・・仕事しか関係ないじゃない・・・え?」
「だって、君、俺に一緒になろうよって・・・」
事の顛末を察して渋い顔をするのは、中国を筆頭としたロシアが好意を寄せる国々だ。
数日前、自分がアメリカにかけた言葉に、大きな落とし穴があった事に日本はようやく気がついた。いくら相手が苦手なロシアとはいえ、必死で告白する彼の行為に対して「大変ですね」とは、言わない。
「ロシア、まさか・・・」
「・・・1週間前に僕の上司が」
混乱したままの頭で、しどろもどろに説明をするロシアだが、まとめてみれば要するに、アメリカを懐柔して吸収してしまえ、だった。
「なんだいそれ!今更そんなこと言われても困るんだぞ、俺は君が好きになってしまったんだから責任とってくれよ!」
若干、アメリカから距離を取りながら、ロシアが頬を引き攣らせる。
「え、いや・・・無理だよ。だってアメリカ君だもの」
「それは4日前に俺が言った言葉だよ!」
衝動的に婚姻届をくしゃくしゃに千切って丸め潰した。あ、と残念そうな表情を浮かべたロシアの腕を掴み上げ、アメリカはにっこりと笑う。
「俺だけ好きなのはずるいじゃないか。君は今日から暇になるんだろう?5日間の休暇なんてどうだい?」
「・・・え」
さあ、君とこいする5日間を始めようじゃないか。なあ、ロシア。