**3日目。

  アメリカのノーを聞くやいなや、ロシアは少しだけ落ち込んだように表情を曇らせた。
 一昨日、昨日とくれば、今日もまた再来するわけで。まるでずっと前から日課の一部であるかのような「僕と一つになろうよ」発言を終えたロシアが、二脚離れた席に腰を下ろした。一瞬だったものの、ありありと愁傷を浮かべた彼を目の当たりにして、アメリカの内心に小規模のハリケーンが吹き荒れる。最初に、そう2日前の朝、同じ事を言われたときは、頭を冷やせアル中野郎と大規模なハリケーンが襲来し、会議の開始に意気込んでいた胸中を荒ませたものだ。
 遥か昔の出来事を思い出すかのように遠い眼差しを空へ投げ始めたアメリカへ、多少引き攣った笑みで伺いを立てるのは小柄な日本。バイキングに彼の好む米類が一切見当たらず、死んだ魚のような目をしている。

「朝も昼休憩が始まる前もでしたよね、大変ですね」

 その一言は当たり障りのないものだった。日本からすれば、飽きる目処を見せないロシアの"好意"にアメリカを労わっただけの事。しかし、アメリカが今まさにハムエッグに突き刺そうとしていたフォークを止めるに十分な一言だった。

「たい・・・へん。そう、大変・・・だ?」
「・・・いえ、あの私に聞かれても困ります」

 曖昧に顔だけが笑っている。真っ黒な大きな瞳は相変わらず空ろだった。

「大変では、ないのですか?」

  空ろなくせして的確に射抜くのは忍者ならではの離れ業なのか。

「大変に決まってるじゃないか」

  どうにかこうにかそれだけ呟き、アメリカは目の前の肉をつつき始めた。
 長らく水面下で火花を散らし合っていた大国からのアプローチ。大変だとか、迷惑だとか、出来るならそういう事にしたかった。けれど、大変でも迷惑でもない事にアメリカはとっくに気がついていた。ついさっき口から吐いたNOが、日本みたいに煮え切らない曖昧な否定だという事も分かっていた。
 アメリカは己の正義を信じていた。だから全部ロシアが悪いのだ。誰にでも、誰もいなくたって、壁に向かって笑顔を振りまいていたやつだ。それが今ではどうだ。相変わらず写真でも貼り付けているような笑顔で固定されたロシアの表情筋が、不特定多数に大判振る舞いをする。にも関わらず、アメリカに向ける時だけ写真を剥がし、変化した。真っ向から、それこそ手を伸ばして触れる距離にいなければ気づかないほど些細なもの。その笑みは、確かに自分だけのものになった。
 かつての敵国を星条旗の下に従属させたかのような征服感。否、これは、もっと邪気のない・・・独占欲。そんな馬鹿な。アメリカはしょぼくれ、眉間を人差し指と中指の腹を眉間に押し当てた。

「勘弁してくれよ俺、だってロシアだぞ」「僕がどうかした?」

 ば、と顔を上げた先でロシアの双眸とかち合う。小首を傾げて覗き込むロシアは、すぐ横にお気に入りの日本がいるというのにアメリカを直視したままだ―ただし、遠い目をして俯いた日本の肩にはやんわりとロシアの指が食い込んでいる。アメリカが、むっと顔を顰めた。

「日本、午後の会議は何時からだっけ」
「そうですね、あと・・・15分ほどでしょうか」
「じゃあもう行かないとね」
「ええ」

 立ち上がり、隣の椅子にかけていたジャケットを羽織る。いつまでも離れない手とダークブルーの生地で仕立てられたスーツの密着部分を、割くように引き剥がした。

「ヴェ!にほーん」

 間延びした声に呼ばれた日本が、アメリカとロシアにお先に失礼しますの一言を残して去ってしまう。半ば掴むように触れ合う手と手が妙に気まずかった。

「今日も部屋に戻ってから?」
「いや、そのまま・・・一緒に行くかい?」

 そう言って、限りなく自然を装い手を離す。離れた瞬間、物足りなく感じたのはきっと気のせいだろう。

「うん。ああそうだアメリカ君、僕と」
「ならないよ」
「そう、残念」

 ふられたばかりだと言うのに、ロシアは変わらず笑っていた。