**1日目。
アメリカは、ただ、ひたすら困惑していた。今のアメリカに出来る事といえば、動揺した心のうちを顔の筋肉でもって表現するくらいだ。致し方ない。彼にとって有り得ない事が、目前で、それも彼自身に向けられて起こったのだから。
遡る事、1時間。
世界各国が集まる5日間に渡る集中会議のため、アメリカがスーツケースとハンバーガーを携えて訪れたのは、とあるホテルのとある客室。集中会議といっても仰々しいのは名だけで、つまりはいつもの如く適当に集まった国家たちが適当に会議をする予定だった。
もちろん、適当は、ずぼらではない方の意だ。アメリカは日本へ真剣な顔と心中でポリゴンのアイドルが踊るゲームの取引を持ちかけるし、イギリスとフランスは飽きもせずに何百年も続く口―時おり手が出る喧嘩をこなす。国家たちにとって、これが適当に該当する。
客室で身支度を整え一休みしたアメリカは、いざ出陣と会議室へ繰り出した。ここまでは、いつもの通りだった。ここまでは。
「も、う一度、言ってくれないかい・・・?俺の耳がね、少し遠くなって、聞きたくな、じゃなくて理解したくな、でもなくて。あぁもう!」
「やだな、耳まで悪くなったの?」
朗らかな声音で返され、フレームの奥でこめかみがひくりと痙攣する。誰のせいだい。1日目、それも朝っぱらから問題勃発なんて誰も望んでないだろうから、忘れかけていた譲歩を引っ張り出してきたのに。どよめく周囲に目もくれず、ロシアはアメリカをまっすぐに見下ろした。
「だからね、アメリカ君。僕と一緒になろうよ」
下弦を描く口元から発せられた音は、あっという間にアメリカの耳たぶを掠めて頭の奥深くまで潜っていく。
「笑えないジョークは勘弁してくれよ。さっさと席に着いたらどうだい」
ようやく返した声は、アメリカ自身でさえ驚く程度に、温度がぐっと下がり冷え切っていた。ロシアの不満げな顔を横目に自分のネームプレートが置かれる席へ向い、些か乱暴に椅子をひく。隣に腰を下ろすフランスが溜め息交じりに肩を竦めた事で、さらにアメリカの腹をむしゃくしゃさせた。
僕と一緒になろうよ、だって。それも、こんなに見知った顔がいる中、サーカスのピエロにでもなった気分だ。恥をかかせるために同姓の俺に告白するなんて、とうとうアルコールで頭がやられたらしい。アメリカの双眸に映るマフラーの怪物は、視線に気づくといつもの笑顔をちょっとだけ濃くしてみせた。
ほら、やっぱり。意中の相手に冷たく返されたやつが、あんな顔するもんか。いくら嫌いな俺を嘲弄したかったからといって、お粗末が過ぎるだろう。生憎、ロシアの思い通りになる気など微塵もない。
表情筋が固まってしまったかのように同じ笑顔を向け続けるロシアを睨め付けた。
「会議を始めるんだぞ!」
** ** ** **
会議が終了し、ホテルの地下1階にあるレストランへ向かう人の波に混ざり込んだアメリカの腕が、ぐい、と引っ張られた。突然の事に驚きながら振り返れば、忘れかけていたからかいがまざまざと脳裏によみがえる。
掴まれた腕を大げさに振り払い、何か用かい、と比較的冷静に尋ねる。しかし、返ってきたのはあの言葉。
「だからね、アメリカ君。僕と一つに」
「いい加減にしてくれないかいロシア!」
滅多に出さない怒鳴り声。ロシアの後ろでドイツが目を瞠ってこちらを見ていた。
「アメリカ君」
ちっとも改心の色を含まないロシアの声に、喉の底から沸き上がった苛立ちをそのまま吐き出した。
「君はロシアだろう、無理に決まっているじゃないか!」
さすがに驚いたのか、ぽけっとするロシアを見ないように視線を外す。ふん、と鼻を鳴らしてきびすを返し、レストランヘ続く開けた階段を足早に降りていった。