27
濃い青が空一面に広がり、散り散りになった小さな白い雲が端っこに追い詰められる。
ベランダに洗い上がったばかりの学生服を吊るした。アメリカと、イヴァンの二人分。マフラーだけは、乾燥機に任せたらしい。太陽が一番高い位置に収まるおやつ前。この分だと、日が落ちるまでには乾きそうだ。
カバンを乾かしながら、フランシスのランチはなんだったのかと予想し合い、恐る恐る引き出した湿った試験問題用紙を広げて苦笑いをする。普段配られるわら半紙よりも上質な紙が、なんとか威厳を保ち中の文字を透かすに留まっていた。
話が尽きて、気が付けば太陽がとっぷりと落ちていた。「お腹が減った。けれどまだ一緒にいたい。だから帰りたくない」そうごねるアメリカを見かねて、イヴァンが溜め息を吐きながらインスタントラーメンを引っ張り出してくる。食べる予定がなかったのだろう。三段積みのダンボールの、一番下に詰め込まれていた。好きじゃないのかい、と聞けばウルスが非常用に備えておきなさいって勝手に詰めたんだ、と肩を竦める。
ポトフに入れ損ねたウインナーとゆで卵をトッピングして、色合いの悪い簡易ラーメンが瞬く間にできあがった。麺が黄金色のスープをたっぷりと吸いきるまで時間をおいて冷めたラーメンを、美味しそうに咀嚼するイヴァン。重度の猫舌なのだろうか。ただでさえ柔らかな歯ごたえが、限りなく0に近づいているはずなのに。
食べられればいい。食の質をそれほど重要視しないのは黄色い頭の兄弟と同じく、イヴァンものようだ。マシューはパンケーキどころか食パンにだって鶏がらスープにだって、許しがたいことだが完成された完璧なコーラにだって、メイプルシロップがかかってさえいれば文句はないのだ。しばしばアメリカが止めてやらなければ、容赦なく食べ物を甘いだけの元食べ物に変えてしまう。
食欲が満たされ、試験勉強のために一夜漬けなんてナンセンスなことはしなかったからまだ眠くない、とすれば、残る欲求が顔を出し始めるわけで。
横目で携帯をいじるイヴァンを盗み見たアメリカの下っ腹でむくむくと膨張を始めた欲に、今にも屈してしまいそうになる。剥き出しになった白い首が、興奮剤の役割を果たしているらしく、中々視線を外せない。
「・・・それだけ見られると、どう反応すればいいのか困るよ」
イヴァンは次の機会にと言った。では、今この時がその機会に当てはまるのだろうか。そうに違いない。若い肉体が、もう少し疲れたいんだとアメリカの脳を刺激した。
「イヴァン」
名前を呼び、携帯から意識を逸らさせる。そっと取り上げ机の上に転がし、後頭部に手を添えて優しく抱き込んだ。胸板が向かい合わせに重なり、ドキドキと逸る鼓動が呼応した。ぱんくしそうな心音が、自分のものなのかイヴァンのものなのかアメリカには分からない。
耳元で囁き、おずおずと顔を離した。
「今から?」
曖昧な問いで返され、うーと唸る。イヴァンの探るような視線に耐えかねて、襟から覗く鎖骨に額を落とした。
「試験は全部終わっただろう?昨日、君の言う通り、いい子で勉強した俺に・・・ご褒美をくれよ」
駄目かい。口ごもったアメリカに、一拍おいてから喉を震わせた。
「寝室に行こうか」
「・・・Why not?」
初めて足を踏み入れる。まるで寝るためだけに存在するかのようなイヴァンの寝室。ぴたりと閉じられたクローゼットを開けば、少しは生活感を取り戻せるのだろうか。
窓辺にひかれたカーテンが、日を遮り寝室を薄暗くする。明かりをつけようとドアの近くの壁を手のひらで探るが、伸びてきた手に阻まれた。
「このままでいいでしょう?」
夏の強い日差しは、十分に室内の輪郭をはっきりさせた。
見上げれば、眉をハの字に垂らせたイヴァンがいた。
「こっち、イヴァン」
握られた手を引いてベッドにそっと横たわらせる。指を絡めとるように両手を握り、イヴァンの顔の横へそれぞれ押し付けた。鼻先を擦り付けて、ちゅっと唇を落とす。
「っね、え、アルフレッド君」
深くなった口付けは、躊躇いがちな声音に止められた。
額を合わせ、名残惜しげに生ぬるいそこを解放した。見上げてくる双眸が、たどたどしくアメリカの顔を行ったり来たりする。
何か不味いことでもしでかしたのだろうか。いや、実のところ、不味そうなことならいくつか心当たりがあった。ざらざらと音を立て、些か図太い神経が荒み始める。
「僕さ、男としたことないんだけど・・・」
「・・・奇遇だね、俺もさ」
予想していたよりも、いくらか単純なそれ。ほっとして茶化すようにアメリカが返せば、ふふ、と笑い声が漏れた。
そう。イヴァンはれっきとした男で、驚くことにアメリカにとって年端も行かぬ子供と代わらないような高校生で、その上、ずっと睨み合っていた男と瓜二つ。
その顔が、睫毛が触れ合いそうなほど近くで穏やかに笑っていた。あまりにも幸せそうに微笑むから、どうしようもなく心が苦しくなる。淋しがりやなイヴァンを、自分で埋め尽くしてしまいたくなった。
28
丸くカーブする鼻先に噛み付き、びっくりした表情のイヴァンを見て、にやりと口端を吊り上げる。
陶器のようにつるりとした肌を唇でなぞりながら、片手でTシャツの裾をたくし上げ、もう片方の手でズボンのボタンを外しチャックを下ろした。
あらわになった肌は、薄暗さも相まっていっそう白く儚かった。鼓動を確かめるように心臓の上へ手のひらを宛がう。そのまま臍へ滑らせれば、吐息と共に柔らかな腹がひくりと跳ねた。胸元に紅く色づく突起のすぐ横へ吸い付き痕を残す。
「・・・っ、それ、楽しいの?」
「とってもね」
まっさらな白が自分の思い通りに赤く染まり、もっと付けたくなった。時おり舌を這わせながらあちこちに痕を増やす。
アメリカの唇に一々息を詰めるイヴァンの指先が、手触りのいいブロンドへ差し込まれ、さらりと撫で付けた。
「アルフレッド君、ここ、触って」
焦れたようにアメリカの手を捕まえ、点々と付いた痕の中にある立ち上がった小さな突起に押し付ける。もちろん、言葉と一緒に吐き出した息は欲に染まり熱を持っていた。舌先でぐにぐにと転がしながら、片手を器用にズボンの中へ潜り込ませる。押し殺していた喘ぎ声が、途端に甲高くなった。僅かに硬化した陰茎をやわやわと撫で上げる。
「っ、・・・っん、」
だんだんと強くなる愛撫に、イヴァンの双眸がぼんやりと潤む。堪らなくなって、乳首から口を離し下着ごと一気にズボンを抜き去った。
「あっ・・・は、ずかしいよ」
おずおずと、隠そうとして伸ばした手は簡単に捕らえられ、シーツに押し付けられてしまう。
「イヴァン、足を開いて」
「・・・え?」
ただでさえ羞恥で一杯一杯になっているというのに。
「慣らさないと、入らないだろ?」
「・・・空気を読めって言えばいいのか、デリカシーがないって言えばいいのか、どっちかなぁ」
「そんな色気がないことより、愛を謡う言葉の一つでも囁いてくれよ」
ぱちり、と瞬きしてアメリカを見上げる。
「アルフレッド君、好きだよ」
「・・・嬉しいよ、イヴァン」
イヴァン以上に赤くなったアメリカが自分の唾液でぬめらせた指を、そろりと脚の間に滑り込ませる。硬く閉ざした後孔に触れると、反射的に太ももが強張るのが分かった。
「怖い?」
「・・・大丈夫。怖くないとは言わないけど、きみと繋がりたい」
怯えを潜めた瞳を歪ませながら手を伸ばし、指の背でアメリカの頬を撫でた。その指が静かにベッドへ落ち、イヴァンが曖昧に微笑んだ。
口端をきゅっと結び、触れていただけの後孔にほんの少しだけ力を入れた。緊張で堅くなった締め付けを解くように、くにくにとマッサージをする。空いている手でイヴァンの陰茎を軽く握り、上下に扱いた。しばらくそうしていると、ふいに後孔の締め付けが緩み、力を込めた拍子につぷんと指先が潜り込む。
「っ」
中は熱く、たった一本の指でさえ窮屈そうに締め付けた。傷つけないようにゆっくりと出し入れしてみるも一向に解れない。痛みか、それとも不快な異物感か、微かに青ざめたイヴァンが耐えるように頬を枕に押し付けた。浅く呼吸を繰り返し、小刻みに震える手がアメリカのハーフパンツをぎゅっと握り締めていた。
とうとう生理的な涙がこめかみに流れ、ペールブロンドへ入り込む。それを見たアメリカが、そっと指を引き抜いた。
「・・・アルフ・・・レッド、くん?」
濡れた双眸が、ハーフパンツの前を寛げるアメリカを映した。ひそめられた、髪の毛と同じ金色の眉が痛ましげに歪んでいる。横たわる白い身体に覆い被さり、片腕で自分の身体を支えると熱くなったペニスをイヴァンのものに擦り付けた。
「っや、あっ」
イヴァンごと揺さぶり、ベッドを軋ませた。開いた唇へ舌を差し込み繋ぎ合わせると、イヴァンの腕が首に回り、口付けが深くなる。
自分のよりも若干大きいペニスをまとめて手の中に閉じ込め、早いテンポで扱きあげれば、ほどなくしてイヴァンの肩口がぶるりと震えた。それを追うように手の中に吐精し、そのままイヴァンの上に圧し掛かる。はあはあと荒い呼吸が、寝室の温度を下げていった。
「・・・アルフレッドく」
「終わり、だ」
「え?」
「本来、入れるところじゃないんだしさ」
「でも・・・」
「いいんだ、イヴァン」
肘で胴体を起こし、無理やり顔の筋肉を動かしてニカリと笑った。
不満げな唇へ派手なリップ音を鳴らせながらキスをして、ベッドから落ちかけた半袖を手繰り寄せイヴァンの頭に被せた。すっかり熱が冷めたアメリカの手が促すようにイヴァンの肌に触れ、ようやく被された半袖のシャツに首と腕が通る。
「手を洗ってくるよ」
さっさと寝室を出て行く後姿をすっきりしない表情で見つめながら、イヴァンは下着とズボンにのろのろと足を差し込んだ。
扉の向こうで水の音が聞こえた。ベッドの端に座って足の裏を床へ降ろすと、腹を伝う粘着質の感触に慌てて裾を捲り覗き込んだ。どちらのものかは分からない。白濁した愛撫の名残を、ティッシュで拭った。ベッド脇へ無造作に置かれたゴミ箱に、くしゃくしゃに丸めたティッシュを投げ込み視線を上げた途端、首に大きな衝撃を受けぐ、と変な音がなる。そのままベッドへ背中から倒れこんだ。
「・・・けふっ、きみねえ」
呆れ半分で、ダイブしたアメリカの腕をぺし、と叩く。腕の先に、眼鏡を握る手が見えた。身体を反転させながら、なんとなく眼鏡を抜き取りナイトテーブルに置けば、背後から回った二本の腕が胸元に絡まり身動きがとれなくなった。
「イヴァン」
文句の一つでも愚痴ろうと口を開くが、言葉になる前にアメリカの甘い吐息を耳たぶに感じて押し黙る。
「ねむい」
うなじに埋められた口が、そう呟いた。