03

「じゃあね」

 非情にも端的に言い切ったマシューは、アメリカを置いて二−Bと書かれた教室に入って行った。二学年の教室があるフロアへ辿り着いたものの、クラスが違うよう。考えてみれば兄弟で同じクラスというのも変な話だ。
 しかし、こうなってしまっては自分の席を確認する方法がなくなってしまう。廊下の突き当りにあるトイレに飛び込み隅の個室を占領した。予鈴が鳴り学生で席が埋まるまでここに潜んでいよう。
 携帯電話を取り出し上部をスライドさせる。中央のボタンを押せば無地の背景に時間と曜日が映し出された。

「6月20日木曜日8時5分」

 心の中でアルフレッドに謝罪しながら電話帳を開く。ばばっと羅列された人の名前はどれもこれも知らないものばかり。メール画面を開き適当なメールを眺めてみてもやはり身に覚えがない。
 プロフィールを確認しようとホーム画面に戻り0を押すが、出てきた四角いボックスを見て苦々しい顔になる。パスワードなんて知るわけがない。アメリカはアルフレッドではないのだから。

「0704・・・じゃダメか」

 アメリカ合衆国の独立記念日である七月四日、それにカナダの七月一日、フランスの七月十四日。ことごとく開錠拒否のメッセージが現れる。他にアメリカが知っていてアルフレッドに関係ありそうな数字はと考えてみたものの、これといったものがヒットしない。
 ならば作戦を変えよう。

「ラッキーセブンなんてそんな単純なわけな」

 0777を入力し送信を押した。どうやらアメリカとアルフレッドの思考回路は似ているらしい。単純明快なパズルを解き、これっぽっちも充実感を得られないままプロフィールに目を通す。

「アルフレッド・F・ジョーンズ・・・か」

 予鈴が鳴り、廊下をざわめく声が一層大きくなった。一時の別れの挨拶を交わし学生達は各々の教室へ入っていく。
 頃合いを見計らい個室から脱出すると後方の扉からA組を覗き込む。空席がいくつかあるものの、アル!と呼び寄せるように手を上げる学生に誘導され、アルフレッドの席を見つけた。教室内を見回してみたが、見知った顔は一人もいない。

「遅かったな、遅刻かと思ったぜ」
「ヒーローの俺が遅刻なんてするわけないだろう?」
「ハハッのんびり屋のマシューに付き合って、よくギリギリに滑り込んでくるやつが何言ってんだ」

 おおよそ似てるどころか同じようだ。異なるのは世界と国籍と名前のみ。自然と日本に借りたゲームを思い出す。確か似たようなシチュエーションがプレイヤーにふりかかっていた。
 フランシスの言うこともあながち間違っていないのかもしれない。ゲームのしすぎで夢の中にまでパラレルワールドが出張してきたのか。きっとすぐに目が覚める、そう願いながら教師らしき男が教卓に上がる様子を眺めていた。


 学期末試験が来週に迫っているらしく、自習ばかりの授業は半日で終わり、マシューに先導されて家に向かう。
 朝と同じ模様の電車に揺られること十五分。乗り換えることなく改札口を抜け、商店街と住宅地を通ってジョーンズの表札がかかる、ごくごくありふれた一軒家に着いた。

「暑いー」

 うな垂れながらリビングに入りクーラーの電源を入れるマシューを横目に、部屋の中を見渡す。壁にかかるボードに貼り付けられた写真にはアルフレッドとマシューを挟み、柔らかく微笑む男女の姿が。どうやらこれが二人の親らしい。
 アメリカにとって親と言えば広大な台地といったところ。いきなり親といわれても、なんだかくすぐったい。

「父さんと母さん元気にしてるかな」

アメリカの視線に気づいたマシューがふと呟く。

「アメリカに出張してもう半年か・・・」
「アメリカ・・・アメリカ!?」
「えっな、なんだい」

 てっきり国にも全く異なる名がついていると予想していたのだ。ということは、アメリカの他にアメリカを名乗る国家が存在しているのか。それとも、アルフレッド自身がアメリカなのか。はたまた、人を象る国家自体が存在しないのか。

「なあマシュー、カナダって知ってるかい?」
「・・・君ね、高校生にもなってカナダを知らないやつがいると思ってるの?」
「カナダもあるのか・・・」
「アル、今日はなんだかおかしいよ。変なものでも食べたのかい」
「変なのは俺じゃなくて・・・っ!」
「俺じゃなくて?」

 歯がゆい。アメリカにとってはこの世界の全てがおかしいというのに、彼らにとっておかしいのはアメリカの方だ。マシューに全部ぶちまけてしまいたいが、万が一病院に連行されたら溜まったものではない。
 ぐっと堪えながら窮屈なネクタイを緩めた。

「いいや、なんでもないんだぞ・・・汗をかいたからシャワーを浴びるよ」

 

04

「まだ夢の続きかい」

 生温い熱を持った薄い上掛けを行儀悪く蹴り飛ばす。忌々しい太陽の光を遮るように手の甲を瞼の上に置いた。目が覚めたら、きっと全てが元通りになると思っていたのに。
 恐る恐る目を開いて部屋の中を見渡した。テキサスにそっくりなただの眼鏡をかけていないから少々ぼやけている。それでもここがアメリカの部屋ではなくアルフレッドの部屋だと確信できた。
 隣の部屋ではごそごそと何かが蠢く音がする。この家にはアメリカの他にはマシューしかいないのだから十中八九、彼だろう。
 ベッドから抜け出したアメリカは、空腹を訴える胴体に従うことにした。


 昨日と同じくマシューと連れ立って昇降口へ向かう。帰りのホームルームで返却された抜き打ちテストを見てマシューから驚愕の声があがった。

「こ、これアルフレッドの答案用紙なのかい?隣の人と入れ替えたんじゃないだろうね!」

 大きな瞳を限界まで見開いて失礼な言葉を浴びせられるが、カナダに鍛えられているからマシューの言葉攻めだって慣れっこだ。いや本当はちっとも慣れていないから、少しだけ泣きそうだ。
 ヒーローの俺がそんな非道な真似するわけないじゃないか!と大声で批難したい気分。しかし、ここは我慢だろうと想像の中で熱の上った脳に水をかける。なにせ彼はカナダの顔をしているとはいえ、たった十六歳の子供なのだ。ここは大人の余裕を見せてやろうではないか。

「もちろんだとも。ちゃんとアルフレッドって書いてあるだろう?」
「まさか・・・脅して・・・」
「ヒーローの俺がそんな非道な真似するわけないじゃないか!」

 固い決心はものの数十秒で崩れ去った。アルフレッド・F・ジョーンズってやつは勉強が苦手なんだろうか。端の方に皺が寄るほどマシューに握られたテスト用紙の背を見やる。薄っすらと透けて下の方に書かれた100点の赤字が、存在を主張するように鎮座していた。
 いくらなんでも、アメリカである俺に英語のテストで満点以外の何点を取れというのだ。そう言えるものなら言ってやりたかった。あべこべな世界にあるこの国では日丸語を標準語とし、なぜか英語を第二言語として教えているらしい。
 下足ロッカーの手前まで辿り着き、そういえばとマシューに尋ねる。

「マシューはどうだったんだい?」
「僕?僕は・・・82点・・・」
「英語苦手なのかい?」
「んなっ・・・そりゃアルフレッドよりは低いけど82点だって悪くないだろう!だいたいこの前の中間試験で英語がサッパリだって僕に泣きついてきたのはどこの誰だい」
「誰だい?心当たりなんてないんだぞ」
「・・・もう知らない!先に帰ってアルフレッドのアイス食べてやる!このアホ!」

 とんでもない脅迫と暴言が聞こえた気がする。走り去ったマシューを慌てて追いかけ、B組の下足ロッカーを覗き込むが既に姿がない。
 アイスが食べられてしまうことも困るが、家に案内してくれる兄弟がいなくなってしまったことは凄く困る。道順が曖昧で未だよく覚えていないのだ。
 ローファーに履き替え、どうしようかと頭を捻りながら校門へ向かうと一際目立つブロンドの長髪を見つけた。

「フランス!」
「フ・ラ・ン・シ・ス」
「フランシス・・・そうそうフランシス!」
「一人か?」
「そうなんだよ、なあフランシスの家は何処だい?俺の家と近いなら一緒に帰ってくれないかい?」
「近いも何も生まれてこの方10年以上ご近所だろ」
「そうなのかい?それはよかった」
「・・・お兄さん頭痛くなってきた」

 呆れたように肩を落とすフランシスの横に並び、マシューの暴言をチクリ始める。それはお前も悪いだろ、と予想外の答えが返ってきたので思わず立ち止まってしまった。

「な、なあフランシス」
「ん?」
「フランシスの知り合いに・・・なんていうか・・・」
「なんだよ」
「例えば・・・そうだ。日に焼けていて脳天気で変なしゃべり方をするやつはいないかい?」
「褐色で元気で方言を話す子?」
「ああ」
「んー知らないなあ。誰のこと?もしかして俺の運命の人だったりするの?Eカップだと嬉しいけど、いやいやお兄さんは女性を胸で判断するなんて邪道なことはしないけどね!・・・ってアルフレッド聞いてる?」
「スペインはいないのか・・・」

 フランシスの返答に呼応するようにぽつりと呟く。
 アメリカにカナダにフランス。ならば他にいたとしてもなんらおかしくない。これは夢だと信じているが、もしも夢でない場合、国家の容姿をしたこの世界の住人は元の世界に戻る方法を探す手がかりになるはず。

「眉毛が特徴的なやつは?」
「眉毛?心当たりはないな」
「・・・そうかい」

 イタリアやドイツのことも聞いてみようと口を開きかけたが、駅の前でしょんぼりと影を背負う蜂蜜色の頭を見つけて、また今度でいいかと優先順位を改めることにした。

「マシュー!」
「あっアル!」
「ちょっ、いきなり走るなって!お兄さんを置いてかないで!」